
ハワイ州は、観光業が経済の中心である一方で、島嶼地域としての特性から慢性的な食料自給の課題を抱えています。現在、ハワイの食料自給率はカロリーベースで約10〜15%程度にとどまり、実に8割以上の食品をアメリカ本土や海外からの輸送に依存しています。つまり、スーパーに並ぶ野菜や肉、乳製品の多くが何千キロも離れた場所から運ばれてきており、物流に何らかの支障が生じれば、たちまち供給が不安定になるリスクを孕んでいます。
これはハワイだけの問題ではなく、日本もまた同様の課題を抱えています。2023年度の日本の食料自給率(カロリーベース)は38%に過ぎず、OECD諸国の中でも極めて低い水準です。農業人口の減少、耕作放棄地の増加、輸入依存の構造——これらは、太平洋を挟んだ両国に共通する構造的な問題です。
気候変動や地政学的リスク、国際物流の混乱が続く中で、「食の安全保障(Food Security)」は経済効率とは別の文脈で見直されつつあります。かつて農業で栄えた土地としてのハワイの歴史を振り返ることは、未来のヒントを得るためにも意味のあることかもしれません。
砂糖が支えた時代—プランテーション農業の興隆
ハワイにおける近代農業の原点は、19世紀後半に始まったサトウキビプランテーションの拡大にあります。1835年にカウアイ島で最初の商業用サトウキビ農園が設立されて以降、サトウキビ産業はハワイ経済の柱となり、20世紀初頭には全米最大の砂糖生産地の一つとして成長しました。
この成長には、政治的背景が大きく関与しています。1898年にハワイがアメリカ合衆国の準州(Territory)となったことで、ハワイ産の砂糖に対する対米関税が撤廃され、米本土への輸出競争力が一気に高まりました。さらに、1860年代の南北戦争により、アメリカ南部の綿花・砂糖プランテーションが壊滅的打撃を受けたことで、ハワイの砂糖に対する需要が急増しました。
この時代、プランテーション労働力の確保のために多数の移民がハワイに招かれました。1870年代以降、日本からの移民も本格化し、1900年までに約6万人の日本人がハワイに渡ったとされます。多くは過酷な労働環境の中で働きながらも、やがて地域社会に定着し、二世・三世にわたってハワイの文化や政治、経済に深く関わっていきました。
プランテーション社会では、労働者の民族ごとに居住区域が分けられ、厳しい階層構造が存在しましたが、一方で異なる文化が融合し、多様性の高いハワイ文化の土壌が形成されたのもこの時期です。
ロビー活動と市場の力学—砂糖の保護と衰退
第二次世界大戦後、アメリカ本土では食品業界、特に製菓大手によるロビー活動が影響力を強め、砂糖に関する保護政策は徐々に緩和されていきます。1960年代以降、砂糖の価格支持政策や輸入割当制度が見直される中で、より安価な外国産の砂糖が米国内市場に流入し、ハワイのサトウキビ産業は急速に競争力を失っていきました。
加えて、農業用水や人件費の上昇、農地の維持コストなどの要因が重なり、21世紀に入る頃には州内の主要なサトウキビ農園は次々と閉鎖されます。最後の大型プランテーションであったマウイ島のHC&S(Hawaiian Commercial & Sugar Company)も2016年に操業を停止し、ハワイにおける砂糖産業の歴史は終焉を迎えました。
残された農地と山火事リスク
サトウキビの撤退後、多くの農地は利用されないまま放置されています。一部は太陽光発電や住宅地として再開発されたものの、大半は雑草が生い茂る「空白地帯」となっており、乾燥と管理不全により山火事のリスクが増大しています。
2023年のマウイ島ラハイナ大火災でも、こうした放棄農地が火勢の拡大に拍車をかけたとされ、土地利用の再考と地域の防災体制の見直しが急務となっています。
農地の再活用に向けた新たな動き
一方で、こうした農地を再び活用しようとする取り組みも徐々に動き出しています。たとえば:
燃料作物(fuel crops)と食料作物を組み合わせた複合農業モデル:バイオエネルギーと食料の同時生産により、土地利用の多面的な価値を追求。
教育機関との連携による農業研修や学校農園:次世代の農業人材育成と地域教育の場としての機能を併せ持ちます。
在来種や伝統作物の再評価:タロイモやウル(パンノキ)など、ハワイ先住文化と結びついた作物が注目され、フードセキュリティと文化継承を両立する動きもあります。
また、近年は再生型農業(regenerative agriculture)への注目も高まっており、炭素隔離や土壌の再生を通じて、農地の環境価値を引き出すモデルの構築が模索されています。
おわりに
かつて世界の砂糖供給を支えたハワイの大地は、いま新たな役割を求められています。空になった畑に何を育て、どんな未来を築くのか。農業の歴史は、その土地の社会のあり方を映す鏡でもあります。
フードセキュリティ、災害リスク、地域文化、そして経済の持続可能性。さまざまな論点が交差する中で、私たちはどんな未来を選び取ることができるのか。
The Ala Moana Letterでは、こうした「土地と社会の再構築」に関わる視点を、今後もお届けしていきたいと思います。