石油依存からの脱却を目指して
太平洋の孤島ハワイ州は、約15年前までエネルギーの大半を石油に頼っていました。2008年当時、ハワイのエネルギー供給の約90%が石油由来で、他州の4倍もの石油依存度を抱える全米随一の「石油依存州」でした。この結果、電力料金は全米平均の約1.75倍と突出して高く、年間70億ドルもの資金が州外へ流出していたのです。この状況に危機感を抱いたハワイ州は、「エネルギーの将来像を変革しなければならない」との認識のもと、化石燃料への過度の依存から脱却しクリーンエネルギーへ転換する挑戦を開始しました。
Hawaii Clean Energy Initiativeの発足
2008年、ハワイ州と米国エネルギー省(DOE)は「ハワイ・クリーンエネルギー・イニシアチブ(HCEI)」を共同で立ち上げました。これは、連邦と州のパートナーシップにより、法制度、金融、技術導入、研究開発を包括的に進める取り組みであり、2030年までに州エネルギー需要の70%を再エネと省エネで賄うという当時としては非常に野心的な目標が掲げられました。
この取り組みは、再エネの導入だけでなく、島内の電力網、土地利用、料金体系などあらゆる制度設計を見直すもので、世界中から注目を集めました。
全米初の「100%再エネ」法制化
HCEIの推進により、ハワイ州ではRPS(Renewable Portfolio Standard)の強化が段階的に行われ、2015年にはついに、2045年までに電力の100%を再生可能エネルギーで賄うことを定めた法律が可決・施行されました。これにより、ハワイは全米で初めて「100%再エネ」を州法として義務付けた州となり、世界の注目を集めることとなります。
この背景には、地元の非営利団体や民間企業の後押しもあり、州政府だけでなく社会全体が「次世代のために持続可能なエネルギー社会を築く」という共通意識を持っていたことが挙げられます。
孤立グリッドと技術的チャレンジ
ハワイは米本土と電力網で接続されておらず、各島が独立した電力系統を持つ「孤立グリッド」です。この構造は、再エネの導入にとって大きな技術的障壁となりました。太陽光や風力などの不安定な出力を、蓄電池や需要制御でどう安定化させるかが大きな課題となりました。
この中で、カウアイ島では地元電力協同組合(KIUC)がTeslaと連携し、大規模な太陽光+蓄電池プロジェクトを展開。夜間にも太陽光由来の電力を供給するモデルを実現しました。
またホノルル発のスタートアップ「Shifted Energy」は、家庭の電気温水器を通信制御し、余剰太陽光で湯を沸かして熱として蓄え、系統に貢献するバーチャルパワープラントの仕組みを構築。これは特に低所得世帯の分散型貢献のモデルとして評価されています。
スタートアップ支援の制度設計:PICHTRとEnergy Excelerator
ハワイのエネルギー転換において重要な制度的役割を果たしたのが、非営利法人PICHTR(Pacific International Center for High Technology Research)です。1980年代からエネルギー・環境分野で活動してきた同組織は、DOEや米海軍など連邦政府と連携し、実証フィールドとしてのハワイを最大限に活用してスタートアップ支援を行う「Energy Excelerator(後のElemental Excelerator)」を2013年に立ち上げました。
このプログラムは、単なる助成金支給ではなく、ハワイの自治体・電力会社との連携を前提に、スタートアップが実地の課題に挑む設計となっており、まさに「地域課題の解決を通じて世界展開を図る」構造でした。
国際連携の実証拠点としてのハワイ
近年、ハワイは日本を含む海外ユーティリティの実証の場としても注目されています。EVの双方向充電(V2X)やマイクログリッドといった次世代のテーマにおいて、ハワイのように多様な条件を持つ地域での実証が重要視されています。
日本の電力会社がハワイで実証を進めるのは、技術導入だけでなく、ローカルユーティリティとの協調、社会受容性、そして政策制度設計といった多様な要素を学べる場として評価されているからです。
クリーンエネルギーと生活のリアリティ
とはいえ、ハワイではいまだ電力料金は高く、生活コスト全体も重い状況です。この中で、再エネ政策が社会的に公平で包摂的であること、すなわち低所得世帯へのアクセスや負担軽減が大きな課題となっています。
こうした視点からも、エネルギー政策は技術偏重ではなく、制度設計や教育、対話を重視すべきフェーズに入っているとも言えるでしょう。
おわりに
ハワイのクリーンエネルギー政策は、単なる「環境政策」ではありません。制度、文化、技術、社会のあり方全体を含む「移行のプロセス」であり、世界に対する示唆に富んだ事例です。
The Ala Moana Letterでは今後も、ハワイの現場から見える持続可能性とレジリエンスの実践をお伝えしていきます。