ハワイに「電力選択の自由」がやってくる?
新法「ウィーリング」で変わる島のエネルギー地図
ハワイの住民と企業は、100年以上にわたり、実質的に唯一の電力供給元であるハワイアン・エレクトリック(HECO)に頼ってきました。しかし、先週の2025年7月、グリーン州知事が新しい州法に署名したことで、この構造に新たな選択肢が生まれる可能性が出てきました。
今回の法改正で導入される「ウィーリング(Wheeling)」とは、独立系の発電事業者がHECOの送電網を使って、契約した顧客に電力を直接届けることを可能にする制度です。その際、発電事業者はHECOに「ウィーリング・フィー(送電利用料)」を支払うことになります。
この制度は米本土の多くの州ではすでに導入されていますが、ハワイでは法律で明確に禁じられていました。今回の法改正により、その禁制が正式に解除されたことになります。なぜ今この制度が導入され、どんなインパクトが予想されるのか。今回はウィーリングの仕組み、その社会的・経済的影響、そして日本にとっての示唆について考察します。
独占構造の変化とその背景にある現実
長年、発電から配電までを一手に担ってきたHECOは、ハワイの電力インフラを支え続けてきました。再生可能エネルギーの導入、送電網の維持、災害対応など、多くの責任を担う中で、地域経済や雇用への貢献も果たしてきました。
一方で、電気料金は全米でも最も高く、家庭用では1kWhあたり43セントと、米本土の平均の約3倍に達しています。さらに、気候変動による台風や山火事、設備の老朽化による停電リスクが重なり、電力の信頼性にも不安が広がっていました。
こうした課題に対し、競争を通じて価格とサービスの多様化を促そうとするのが、今回の「ウィーリング」制度です。2年後の2027年から、独立系の発電事業者がHECOのインフラを利用して、契約先の需要家へ電力を直接届けることが可能になります。大規模病院や大学、商業施設、または地域の住宅組合などが、HECO以外の供給元から電力を選ぶという選択肢を持つ時代がやってきます。
「ウィーリング」とは何か?
ウィーリングとは、他者の送電網を借りて電力を届ける仕組みです。たとえばある発電事業者が、自社の太陽光発電でつくった電力を、HECOの送電線を通じて契約先の施設に供給します。その対価として「送電利用料(ウィーリング・フィー)」をHECOに支払います。
これまでハワイでは、独立系の発電事業者はHECOに電力を卸し、HECOが小売価格で消費者に再販売する構造となっていました。今後は、発電側と需要家が直接契約し、料金面や再エネ比率などについて柔軟に合意できるようになります。
制度の骨子
施行開始:2027年1月
公共公益委員会(PUC)が2026年末までに料金制度と運用ルールを定める。対象規模:2メガワット以下
1件あたり2MWまでの比較的小規模な発電事業を対象に限定。地域に根ざした再エネ活用を想定。送電利用料(ウィーリング・フィー)
HECOが保有する送電網の利用に対し、適正な料金を発電事業者が支払う。目的
電力の選択肢を広げ、分散型エネルギーの導入と地域レジリエンスを強化。
期待される効果と広がる選択肢
この制度により、いくつかの具体的な変化が期待されています。
まず、電力の選択肢が生まれることによる価格競争の芽です。単純な料金低下がすぐに実現するとは限りませんが、大口需要家や先進的なコミュニティが新たな電力調達モデルを試みることで、価格の透明性やサービスの質に影響を与える可能性があります。
また、空いている屋根や遊休地の活用が進むかもしれません。たとえば、大型の倉庫が太陽光パネルを敷き詰め、隣接する冷凍倉庫に電力を供給する、といった形です。今まではすぐ近くにあっても、HECOへの卸売以外に出口がなかった電力が、近隣のニーズに応じて使われる道が開かれます。
さらに、マイクログリッドや地域エネルギーの共有といった取り組みにも光が当たります。過去には、住宅開発の中で敷地内の家々が電力を融通し合おうとしたところ、法的な制約により実現できなかった事例もありました。今回の法改正により、こうしたプロジェクトがより現実的になります。
例えば、ある住宅地ではソーラーとバッテリーを多くの住戸で導入しました。ところが、余剰分を近隣で融通し合いたいと考えたところ、これまでの法律に基づいて、電力会社のような規制を受けることが判明します。当然ながら個人宅でこのような規制要件を満たすことはできず、実質的にこうした取引はできませんでした。
懸念される側面と制度設計の課題
制度設計にあたっては、いくつかの懸念も指摘されています。
一つは、恩恵を受けられる層の偏りです。資金力やノウハウのある事業者や団体が先行することで、一般家庭や中小企業が置き去りになるリスクがあります。送電網の維持費が固定的である以上、一部の顧客がHECOを離れれば、残る利用者にそのコストが上乗せされる可能性もあります。
また、系統の安定性も課題です。多様な電源が新たに接続されることで、電圧や周波数の管理が複雑になり、インフラの高度化が求められるでしょう。技術的な基準やサイバーセキュリティ対策も含め、PUCによる慎重なガイドライン策定が期待されます。
過去には制度は導入されたものの、設計の複雑さから実質的に活用されていない例(例:コミュニティ・ソーラー制度)もあるため、制度を活かすための簡潔さと実行可能性の両立が求められます。
日本への示唆と、外部のプレイヤーへの開放性
ハワイと日本には、エネルギー供給における地理的制約やレジリエンスへの関心など、多くの共通点があります。特に日本の地方部や島嶼地域においては、地域主導型・分散型エネルギーへの関心が高まっており、ハワイの事例は参考になる可能性があります。
また、今回の制度改革は、州外のエネルギー投資家や優れたテクノロジーを持つ企業にとって、ハワイ市場でより大きな役割を担う新たな機会ともなり得ます。先進的な蓄電技術、エネルギーマネジメント、ピア・ツー・ピア電力取引などの分野で、ローカルなパートナーとの協業を通じた実証が期待されます。
終わりに
100年続いた単一供給モデルが、静かに変わろうとしています。HECOは今後もインフラの中核として不可欠な存在であり続ける一方で、そのネットワークを活用した多様なプレイヤーの参入が始まります。
価格、サービス、再エネ比率、そして地域防災──あらゆる面で選択肢が増えることは、島嶼地域における持続可能なエネルギーの未来に向けた第一歩となるかもしれません。まだ小規模のウィーリング自由化が対象ですが、これまでに見られなかった動きは、ハワイの電力をめぐる環境を大きく変える第一歩と捉えられます2020。
ハワイのこの制度改革が、どのように形を整えていくのか。今後の動向に注目です。
(文責:アラモアナ・レター編集部)
