ハワイでなぜ「おまかせ」が人気なのか
PICHTR主催のPACTコンファレンスではJETROのロサンゼルス事務所の所長にもご参加いただき、お知り合いになる機会をいただきました。その後の会合では食品輸出に関するお話しを伺い、日本から新鮮なお魚を空輸したハワイのおまかせについて教えていただきました。確かに近年ハワイにはたくさんの魅力的なおまかせお寿司屋さんがオープンしています。なぜなのでしょうか?
ハワイが誇る“鮮度”のアドバンテージ
ハワイの寿司職人たちは、日本から空輸される鮮魚によって圧倒的な鮮度を実現しています。東京・豊洲市場でその日の朝に競り落とされた最高級の魚介類が空路で直接ハワイに届き、同日中に寿司ネタとして使えることも珍しくありません。例えばホノルルの新進気鋭の寿司店では、豊洲を経由して日本から最高級の魚介を仕入れる一方で、カリフォルニアやワシントン州、ハワイ島コナ産の食材も空輸しており、まさに世界中の旬を握りにしています。これにより「ハワイに居ながら最高級の寿司が味わえます」という触れ込みさえ現実となっているのです。
現代の高度な物流網のおかげで、東京で購入されてからわずか48時間以内の魚が米国本土の寿司店に届く時代になりました。ハワイの場合は地理的条件によりさらに短時間で輸送でき、“日本に最も近いアメリカ”として鮮度の利点を存分に享受しているのです。
もちろん、新鮮さだけでなく質の高さも鍵になります。アメリカの大手食材卸 True World Foods は「豊洲エクスプレス」という流通ラインを持ち、希望するレストランに日本の市場直送の魚を届けています。さらに一部の高級店では、日本の卸業者と直接契約を結び、熟練の目利きを通じて厳選された魚のみを仕入れることもあります。
例えばハワイの有名店「鮨 銀座おのでら」ハワイ店では、東京・豊洲市場の魚を週2回空輸で取り寄せて握りに使用しており、その鮮度とクオリティには定評があります。さらに別の新店「Sushi Amaterasu」でも週に数回豊洲直送の高級食材を仕入れ、地元ハワイの新鮮な魚と組み合わせて提供しています。こうした取り組みにより、ハワイの寿司店では季節ごとの極上素材——北海道産ウニや富山湾のホタルイカといった日本の旬の幸——を日本とほぼ同時に味わうことが可能になっているのです。
高まるおまかせ人気:体験型グルメの最先端
近年、寿司のおまかせ(シェフお任せコース)スタイルがハワイでもブームになっています。ホノルルだけでも寿司おまかせ専門のカウンターが約2ダース(24店)存在し、そのうち8店は過去1年以内に新規オープンしたと報じられています。
ワイキキの高級ホテル内に東京の名店が進出した例(例:すし匠や銀座おのでら)から、ローカル経営の小規模カウンターまで、多彩なおまかせ店がしのぎを削っています。価格帯もランチで45ドル程度の手頃な握りセットから、夜のフルコースで一人300ドルを超える超高級店まで幅広く揃っています。
こうした「おまかせ寿司」の波は東京や北海道から世界中の都市へと放射状に広がり、ハワイもその最前線となっています。
おまかせ人気の背景には、食通たちの「体験」志向があります。単に食事をするのでなく、職人との対話や物語性を楽しみたいというニーズに、おまかせスタイルは応えているのです。シェフが目の前で一貫ずつ握り、その都度素材や料理法を説明してくれる体験は、特別感と満足度が高いのです。
米国全体を見ても、このおまかせという伝統的スタイルは「より個別で本格的な体験」を求める美食家に支持され、今後も定着する傾向が強いと指摘されています。実際、ニューヨークの超高級店では一人当たり数百ドルから時には1千ドル近い価格設定にもかかわらず予約が取れないほどで、寿司がラグジュアリー志向の顧客を惹きつけるジャンルとして確立されたことを示しています。
広がる寿司市場とハワイの存在感
寿司はもはや全米で一般的な料理となり、その市場規模も拡大を続けています。米国の寿司レストラン業界の売上高は2024年に約349億ドル(約4.8兆円)に達すると推計され、過去5年間で年平均4.6%の成長を遂げました。全米の寿司店は約1万7千軒に上り、40万人近い従業員がこの業界で働いています。健康志向や多様なエスニック料理への関心の高まりもあって、寿司はアメリカ人の食生活にしっかり根付いているといえるでしょう。
こうした中でハワイは、全米でも際立った寿司消費地となっています。ハワイの人々(住民と観光客を含む)は魚介類を好み、その消費量は一人当たり年間約28.5ポンド(約13キログラム)と、米国平均の1.8倍以上に達しています。実際、ハワイ州は「全米で最も洗練されたシーフード市場」を持つとも評され、2010年時点で一人当たりのシーフード消費量が全米平均(16ポンド)の2.3倍に上ったとする調査もあります。
新鮮な魚が日常的に手に入り、刺身や寿司を食べる文化が深く根付いているハワイは、高級寿司店にとって理想的なビジネス土壌です。実際、ハワイの消費者は寿司にはお金を惜しまない傾向があり「日本に近く、人々は日本で食べ歩くことにも慣れている。100ドルのおまかせ寿司と言っても誰も驚かない」とも言われています。豊富な観光客(特に日本からの旅行者)も質の高い寿司の安定した需要を支えており、ハワイは米国における寿司ビジネスの重要マーケットとなっているのです。
築かれた日米の海鮮文化交流
ハワイが寿司の一大拠点へと発展した背景には、長年にわたる日本との食文化交流があります。19世紀末から20世紀初頭にかけて多くの日本人移民がハワイに渡り、彼らは醤油や味噌、米などの伝統的な食材を持ち込み現地の食生活に溶け込ませました。
例えばハワイの伝統食であるポケ(切り身魚の和え物)は、もともと塩と海藻で味付けするシンプルな料理でしたが、日本の刺身文化の影響で醤油やワサビ、魚卵などが取り入れられ、現在のような味わい深いマリネ風のスタイルへと発展しました。寿司や握り飯の文化も浸透し、スパムむすびのように日本のおにぎりをヒントに生まれたローカルフードがコンビニで販売されるほどです。
このようにハワイの食文化には日本の足跡が色濃く、寿司もまた例外ではありません。
戦後もハワイと日本の交流は続き、近年では一流の寿司職人や外食企業がハワイに進出する動きも活発になっています。東京の名店で腕を振るった職人がハワイに店を構えるケースや、逆にハワイ出身のシェフが日本で修業を積んで凱旋する例も見られます。
ハワイのダイナーにとっても、本場仕込みの江戸前寿司や斬新なフュージョンロールまで、多様なスタイルの寿司を受け入れる土壌ができています。日系人コミュニティの存在や年間約150万人に及ぶ日本人観光客の来訪もあいまって、ハワイはアメリカにいながらにして日本の食文化を享受し進化させる独自のポジションを築いてきたといえるでしょう。
持続可能性とこれからの展望
グルメ業界が盛り上がる一方で、海産物の持続可能性にも目を向ける必要があります。寿司人気の拡大による漁業資源への影響を懸念し、近年は環境に配慮した調達を掲げる寿司店も増えています。
例えば米国ではポートランドの「バンブー寿司」が世界初のMSC認証(海洋管理協議会認証)を取得した寿司店として知られ、以後多くの店が水産資源保護に取り組み始めました。海洋資源の枯渇が問題となる中、「持続可能な選択肢があればそれを選びたい」という消費者は実に72%に上るとの調査結果もあります。
ハワイでも地元で獲れるマグロや季節の回遊魚を積極的に活用したり、漁法や産地にまで気を配る寿司職人が現れてきました。豊洲直送の希少魚を扱う一方で、海洋環境への責任を果たしつつどうビジネスを発展させるか——ハワイ発の寿司シーンは、今後その点でも全米のモデルケースとなり得るでしょう。
結び
かつて移民とともに伝わった日本の寿司文化は、ハワイの地で独自の進化を遂げ、いまや米国本土を凌ぐ活気とクオリティを備えるまでになりました。地理的優位性と文化的結びつきを武器に、ハワイは持続可能な形で日本とアメリカの架け橋としての役割を果たし続けるに違いありません。新鮮なネタに舌鼓を打つ体験は、そのまま両国の深い絆と交流の歴史を味わうことでもあるのです。